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彦根城

  • 別名 : 金亀城
  • 築城年 : 慶長12年(1607年)頃
  • 築城者 : 井伊直継・直孝

彦根城は、徳川四天王の一人に数えられる井伊直政を初代藩主とする彦根藩の城です。直政の遺志を継いだ子の直継・直孝によって、約20年の歳月をかけて彦根山(金亀山)に築かれました。その築城にあたっては、時の将軍 徳川家康も奉行を派遣し、近隣諸国の大名にもサポートさせています。

時は移り明治に入ると多くの城が処分され取り壊されましたが、彦根城は保護され、今日までその姿をとどめています。彦根城一帯は国の特別史跡に指定されています。

彦根城の最大の見どころは、国宝に指定された三重三階の天守です。牛蒡積みと呼ばれる石垣の上に築かれた天守には3種の破風様式が取り入れられ、二重目以上の窓には曲線の美しい華頭窓が使われています。その外観は実に壮麗です。

また、天守の内部には鉄砲狭間や矢狭間が数多く備えられており、美しいだけでなく実戦的な構造となっています。天守の内部は見学することができます。

下記の建物は重要文化財に指定され、彦根城の主な見どころとなっています。

中世まで、武士は館〔やかた〕に住んでいましたが、近くに山があれば城を築き、戦の備えをしました。この山の地形を利用して築かれた城が「山城」です。刀や槍で戦をしていた時代は、城のまわりに塀を作り、人が跳び越せない程度の堀をめぐらせば、戦の備えになっていました。
戦国時代の半ばに日本に鉄砲が伝わると、戦の方法も変わってきます。集団戦になり、弾丸を防ぎつつ鉄砲を利用できる構えが必要になりました。弓矢よりも射程距離の長い鉄砲の弾丸を防ぐため堀の幅が広がり、建物の壁は弾丸が通らないよう工夫され、鉄砲を構える挟間〔さま〕(=銃眼)が設けられました。櫓には早く敵を見つけるための望楼〔ぼうろ〕(=ものみやぐら)が作られました。城の築き方も、見通しのきく小高い山(丘)に築かれた「平山城」や、平地に築かれた「平城」にかわっていき、天守は城主の権威をあらわすように壮大なものになっていきました。彦根城は平山城のひとつです。
彦根城は、山すそを断崖にして山を登りにくくしていること、天秤櫓の下、西の丸と出郭の間とに空堀(水のない堀)をおいていること、山のまわりに5本ある竪堀(※)などは中世的なところで、防弾のため天守の壁の中に栗石をつめる工夫をしていることや、簡単にはのぼれないような高い石垣などは、近世の鉄砲時代にふさわしいものになっています。
彦根城は、「刀や槍・弓矢で戦をした中世」と、「鉄砲での戦に備えた近世」のふたつの時代の城の特色を持っている城なのです。

住所 滋賀県彦根市金亀町1-1
開館時間 8時30分~17時
休館日 なし
入館料(玄宮園と共通) 一般600円 小中学生200円
∗30名以上で団体割引あり
∗彦根城博物館とのセット券あり
∗彦根市内在住の65歳以上、身体障害者、彦根市内の小中学生、彦根市内の高校・大学(院)・特別支援学校の学生等は観覧料が免除となります。
駐車場 あり(有料)